産業現場の無線導入・運用支援
土木や建築、工場、プラント、物流、医療といった様々な産業現場において無線通信が使われることは一般的になっています。皆さんもスマートフォンやPCをはじめとして、業務のなかで無線を利用しない日はないのではないでしょうか。無線の普及の背景には、生産性や効率、安全性の向上、人手不足といった業界を問わない共通課題があります。
この記事では、今日における産業現場での無線の導入・活用の状況を概観し、現場での無線の利用に関してよく伺ういくつかの疑問に対してお答えしながら、今後必要とされるであろう「無線との賢い付き合い方」について考えてみたいと思います。

産業現場での無線活用の期待の高まり
無線とは?
有限な資源としての無線電波
無線と一言で言っても、電波や光(電磁波)、音などがありますが、ここでは通信の手段としてより身近で利用されている電波について注目したいと思います。

無線通信に使用される電波には「周波数」という物理的な特性があります。例えば、AMラジオは数百キロヘルツ[kHz]、携帯電話の5Gは数ギガヘルツ[GHz]などと、国際標準や国内法によって各周波数帯での用途が決められています。
また、同じ周波数帯の電波を同じ場所で同時に使用すると、電波の波としての性質上、「干渉」という電波同士がぶつかり合う現象が発生し、通信性能の低下の原因となることがあります。
一般的に無線機には干渉を避けるために周波数帯を細かく分けて(チャネル)すみ分けを行ったり、送受信するタイミングを分けるといった工夫が組み込まれています。ただそれでも、端末が密集したり、送受信するデータ量や頻度が多くなると、同じチャネルで電波がぶつかったり、送受信の待ち時間が長くなったりすることで、通信性能の低下や通信の途絶が起こる場合もあり、それが無線が「つながらない」原因となります。その意味で、私たちは有限な周波数の資源を皆で共有していると言えます。
産業現場で無線を利用する際には、そのような無線の物理的性質や、用途、通信性能の要件を踏まえ、適切な無線システムの選択や無線設備の構築を行うことが必要になります。
無線通信のメリット
有線通信に比べて、無線通信はケーブルレスによる導入・運用の手軽さがメリットとなり、様々な産業現場で使用されるようになっています。
以下では、既に導入が進んでいる、具体的な無線の利用例や導入効果を見ていきたいと思います。
業界共通
- 無線通信するタブレットPCやハンディターミナルにより業務を効率化
土木・建築
- 建設工事において、遠隔操作や自律施工を行う建機を無線制御し、省人化や作業員の負荷を低減
工場
- ラインレイアウト変更:多品種少量生産のための頻繁なラインレイアウト変更をケーブルレスにより効率化
- スマート工具:作業のポカヨケのための電子工具を無線化し、取り回しの良さを向上
- 自動搬送ロボット:ライン間や建屋間の部品移動を無線制御ロボットにより無人化
物流
- 自動倉庫:無線制御ロボットにより倉庫内を省人化
プラント
- 設備の遠隔監視、センシング:遠隔地や高所など作業員が行きにくい場所にある設備の点検を後付けの無線センサーで遠隔化

産業無線のよくある疑問
ここまで、無線の特徴や、導入メリットについて概観してきましたが、つながらなくなる可能性のある無線を産業現場で利用しようというときに、いくつかの疑問がわいてきます。
ここでは、実際にお客様によく伺う、産業無線の疑問とその答えについてピックアップしてみたいと思います。
疑問その1「無線がつながらなくなるのはなぜ?」
昨日までつながっていた無線LANが突然遅くなった、といったようなトラブルは産業現場でもよく聞かれます。無線は目には見えないが故に、専門家であってもトラブルシューティングは容易ではないことも事実です。
無線がつながらなくなる原因の例
電波が届かない
建設や工場といった現場は、家庭やオフィスと比べ、電波を遮る金属物体(重機や生産設備、資材)が多かったり、そもそも3次元的な空間構造が複雑だったりすることで、無線通信にとっては過酷な環境と言えます。無線のアクセスポイント(親機)を設置した時点から環境が変わると、電波が入りにくいエリアができてしまうこともあります。
電波の干渉、端末・通信量の増加
電波は届いている(端末に表示されているアンテナマークは正常である)が通信が遅い、といったようなケースはオフィス環境でもよくあると思います。このようなケースでは、端末数や通信量の増加などによって同じチャネルの電波がぶつかり合う干渉の現象が疑われます。
現場のDXの進展に伴い、様々なデータが現場を飛び交っています。とくに動画や図面などのファイルサイズが大きいデータを無線伝送しようとすると、その通信が特定の周波数帯域を占有してしまい、他の端末の通信が相対的に遅くなることがあります。
最近よく工場等の現場で聞かれるのは、出張者や工場見学に来たお客様などの来訪者が持ち込むモバイルルーター(ポケットWi-Fi)が干渉源になってトラブルが発生しているケースです。これも管理外の端末による干渉のトラブルと言えます。
ローミング
無線を利用するタブレットPCや自動搬送ロボットなどは、移動しながら通信することが前提になります。大規模な工場で無線LANを使用する場合、複数のアクセスポイントを設置することが多いですが、端末が移動するとより電波の強いアクセスポイントにつなぎなおすという「ローミング」を行う機能が無線機に備わっています。
つなぎなおす際に通信速度が一時的に落ちたり、スティッキークライアント問題という、何らかの理由で弱い(遠い)アクセスポイントとの通信を維持してしまうような現象も起きることがあり、通信性能の低下の原因となることがあります。

疑問その2「無線の規格はいろいろあるが、どれを選択したらよい?」
家庭やオフィス環境では、Wi-Fiやキャリア通信(携帯電話通信網)を利用することが多いと思いますが、産業現場ではそれ以外にも多くの無線通信規格が利用されています。下記に一例を示します。
主な産業用無線の規格
産業現場で利用される無線は主に、事業者自身が無線通信環境を構築する自営無線と、通信事業者が広域に提供するキャリア通信網があります。
【自営無線】
Wi-Fi 5/6/6E等
自営無線としては最も一般的な規格のひとつであり、免許が不要な2.4GHz帯、5GHz帯、6GHz帯の電波が利用されています。高精細な動画など高速・大容量な通信を行うことができます。
LPWA
主にIoTやセンサーネットワークに利用される規格で、920MHz帯を利用する製品が多いです。上記のWi-Fiに比べて、送信できるデータサイズや頻度に制限がありますが、センシングデータなどを低消費電力で遠くに飛ばすことを想定した規格です。
産業向け独自規格
920MHzや2.4GHz帯などの免許不要なアンライセンスバンドを利用して、ベンダー独自の規格で通信を行うような製品も多数販売されています。
ローカル5G
近年法制度化され、免許を取得すれば自営で5G通信を使用できます。免許申請が必要であるため、Wi-Fi等に比べて基地局や端末の導入・運用コストはかかりますが、干渉や遅延が少なく、高信頼・高セキュリティな通信が可能であるのが特徴です。
※通信事業者が自らの携帯電話網を利用して、個別の顧客にローカルなネットワークを提供するようなサービスもあります。
【キャリア通信網】
5G等携帯電話通信網
既存のキャリア通信網を産業向けに利用しているケースも多くあります。SIM認証による高いセキュリティや、運用のしやすさなどのメリットがあります。IoT向けに、送信データ量の制限を設ける代わりに価格を抑えたサービスも提供されています。

現場で利用される無線通信方式の例
出処:一般社団法人日本電気計測器工業会 Webサイト
https://www.jemima.or.jp/tech/7-2.html
無線システムの選択
適切な無線システムを選択するには、現場の環境や無線の使い方について事前に整理することが肝要です。例えば、以下のような項目について整理することが必要になります。
通信の要求性能
定常時やバースト時にどのくらいのトラフィック量が発生するか、許容できる遅延時間はどの程度か、などといった現場のユースケースが要求する通信性能を的確に把握することが必要になります。
通信環境
産業現場は多様かつ複雑な環境であり、3次元的な屋内構造や、資材の移動等による空間の時間的変化、既存で使用している無線通信との共存など、通信環境を事前評価することが必要になります。
例えば、電子レンジは無線LANで使用される2.4GHz帯のノイズを発生することがありますが、電子レンジによるマイクロ波加熱を多用するような食品倉庫や工場では、2.4GHz帯の無線LANは避けたほうがよいと言われています。
無線機器のライフサイクル
工場やプラントは、設備の耐用年数が10年以上になるものも多いですが、一般にWi-Fiといった無線機は数年で生産が終了するなど、故障時に同じ製品が手に入らない可能性があります。
無線機のリプレイスごとに現場での動作検証を行う必要がある場合が多いため、連携する設備のライフサイクルやメンテナンスを考慮して、無線システムを選定する必要があります。
費用対効果
前述のローカル5Gは、通信の性能面でのメリットが大きい反面、基地局や端末の導入・運用コストがWi-Fi等と比べ高額になる傾向があります。
無線システムを導入しようとする場合は、無線の導入によって、削減されるコストや創出され得る付加価値を事前評価し、費用対効果を検証する必要があります。
疑問その3「無線トラブルにはどう対処したらよい?」
無線の電波は目に見えないが故に、専門家でもトラブル対応が一筋縄ではいかないのが実状です。無線環境の設計段階で、トラブルが起きないよう設計を行うことはもちろんですが、様々な要因で運用段階でトラブルが発生してしまうことが往々にしてあるため、トラブル発生を前提とした運用体制を構築することが必要になります。
無線ネットワークを「見える化」する
トラブル原因を的確に捉えるためには無線ネットワークを「見える化」することが重要になります。例えば産業用の無線LANシステムには、通信状況をリアルタイムに可視化する管理者向けツールが提供されていたり、通信エラーを検知してアラートを出して管理者にお知らせするような機能を備えた製品もあります。
例えば工場においては、現場で無線を使う方と、無線を導入・管理する方(例えば情報システム部門)が異なるケースが多いですが、上記のような通信の不具合に関するアラートを誰が受け取り、トラブル解決のアクションを誰が行うのか、といったような体制を構築しておく必要があります。
多くの無線機ベンダーは、固有のサイトの無線トラブルへの個別対応は行っていないため、現場で何とかするか、専門業者に解決を依頼するか、といった手段が考えられますが、いずれにしても解決までに時間がかかることが多いため、無線の途絶が生産ラインやプロセスの停止に直結するような場面での無線の導入は、先進企業でもまだまだ実証段階にあります。
無線との賢い付き合い方
ここまで、産業現場における無線利用の期待と課題の現状について見てきました。産業現場における無線の活用は、現場の自動化や省人化、効率化を進める上で重要な要素になると考えられますが、トラブルの未然防止や発生してしまった際の対応には、無線ネットワークの「見える化」がまず重要になることをお分かりいただけたかと思います。
無線を現場で導入しようとする際、無線システムの設計・構築段階と、運用段階において無線ネットワークを「見える化」するために、例えば構造計画研究所では以下のようなことを行っています。
無線システムの設計・構築段階
無線を導入しようとする現場の環境調査
空間構造や、その時間的変化の可能性、既に導入されている無線システムの状況等を測定機等を用いて調査します。
無線に関するコンピュータシミュレーションを用いた設計最適化
無線LANの親機の台数や配置などを、3次元的な空間や通信の要求性能を考慮したシミュレーションにより最適化します。

計測とシミュレーションによる無線環境の見える化
無線システムの運用段階
無線トラブルの分析
トラブルが起きている現場の無線の測定を行い、トラブル原因の分析と改善策を検討します。
無線ネットワークのモニタリング
無線の状況をモニタリングする管理ツールや、専用のモニタリングシステムを用いてトラブルの分析や監視を行います。

無線の計測、解析手法
現場における無線のトラブルへの対処については、業界団体の分科会活動や業界横断的に知見を蓄積していくような取り組みもあります。例えば構造計画研究所も参画している、情報通信研究機構が主導するFlexible Society Projectという官民コンソーシアムでは、「製造現場における無線通信トラブル対策事例集」といった無償のホワイトペーパーの発刊などにより、現場での無線活用を後押しするような取り組みを行っています。
資料ダウンロード・無料相談会
構造計画研究所では、現場で無線を賢く使うためのご支援を行っています。
現場での無線トラブルや、無線環境構築に関するお困りごとの無料相談会も随時行っていますので、お気軽にお問い合わせください。
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関連ページ
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- AK Radio Design株式会社(測定器メーカのアンリツと構造計画研究所の共同出資会社)
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