計測とシミュレーションのギャップの解消:データ同化ソリューション

はじめに

昨今、デジタルツイン、DX(デジタルトランスフォーメーション)など、現実とデジタルを融合する取り組みがますます加速しています。とりわけ計測とシミュレーションを用いた手法は、製造業の開発から構造物の維持管理、都市の防災分野に至るまで、多岐にわたる領域で注目されています。

しかし、計測とシミュレーションによるデジタルツインの実現には、両者の間のギャップ_すなわち、シミュレーションモデルの中の条件や未知のパラメータが課題となります。これまでは、これらのギャップを考慮して、モデルの適用範囲や限界を経験的に判断することが求められてきました。

計測とシミュレーションの両面から様々な課題に取り組んできた構造計画研究所では、両者のギャップを解消し、強みをかけ合わせることができる、データ同化と呼ばれる統計学的手法の適用と技術の普及に取り組んでいます。

ここでは、データ同化の簡単な解説や、実際の適用事例などをご紹介します。

計測とシミュレーションのギャップ

計測とシミュレーションはそれぞれ異なる性質を持ちながら、共にデジタルツイン・DXの推進に不可欠な技術です。

たとえば、インフラ設備の健全性評価や地震による地盤沈下・斜面崩壊などの大規模・複雑な問題に対してセンサによる計測・モニタリングが行われることもあれば、シミュレーションによって将来の劣化・被害予測等が行われることもあります。

計測は現実を反映したデータを提供し、シミュレーションは物理モデルに基づき将来の状態を予測することができます。両者は以下のような特徴を持ち、一方の強みが他方の弱みと対応する関係にあります。


表:計測とシミュレーションの特徴

長所短所
計測
  • 現実を直接反映している
  • 時空間的に疎であり、興味のある情報が直接計測できるとは限らない
  • データのみから将来を予測することはできない
シミュレーション
  • 時空間的に密な情報を提供できる
  • 物理モデルに基づく将来予測が可能
  • 未知の条件やパラメータの存在により、予測精度が悪化する

計測とシミュレーションの弱みを補い合い、強みを活かすような方法論は例えば気象分野においてはすでに確立されており、台風の進路予測等に活用されています。しかしながら、工学分野においては未だ確立されておらず、実際の現場では担当技術者の勘に基づき経験的に設定された条件でシミュレーションが行われたり、シミュレーション結果が計測データに近づくように多大な時間やコストをかけながら膨大な数のパラメータを手動でチューニングすることもしばしば行われているのが実情です。

構造計画研究所は、計測とシミュレーションの双方から課題にアプローチし、計測とシミュレーションの間のギャップが生む様々な課題を受け取ってきました。このギャップを解消するために構造計画研究所が着目した技術が、データ同化です。

データ同化とは?

データ同化とは、計測とシミュレーションのギャップを埋めるための方法論の一つです。計測データとシミュレーション値それぞれの誤差を確率的な分布として加味した上で、シミュレーションモデルの中の未知のパラメータや条件を確率統計的に推定します。

データ同化を用いることで、シミュレーション結果と計測データを比較しながら手動でパラメータをチューニングするよりもはるかに効率的に、熟練の技術者の勘や経験よりもより客観的に推定を行うことができます。さらに、データ同化により推定されるパラメータも確率的な分布を持つものとして推定されます。すなわち、推定されるパラメータに対する誤差や用いた計測データの感度も定量的に評価することが可能です。

時空間的に疎でありながら現実世界を写し取る計測データを用いて確率統計的にシミュレーションモデルの中の未知要素を推定することで、時空間的に密な予測が可能なシミュレーションの高精度化を実現する、データ同化は計測とシミュレーションそれぞれの強みを活かし、弱みを補い合う手法であると言えます。

データ同化には大きく分けて2つの種類があります。


データ同化手法:逐次型手法

1つ目は各時刻にて得られる計測データを同時刻のシミュレーション値と比較しつつ逐次的に状態・パラメータ更新を行う「逐次型」手法です。逐次的に時間変化するような状態やパラメータの推定に長けており、カルマンフィルタやアンサンブルカルマンフィルタ等のアルゴリズムはこちらの手法に分類されます。

図:逐次型のデータ同化のイメージ

図:逐次型のデータ同化のイメージ


データ同化手法:非逐次型手法

2つ目は一定の時間区間のデータとシミュレーション結果を比較し、平均的にフィットするような初期値・パラメータを推定する「非逐次型」手法です。短時間で大きく時間変化するようなパラメータの推定には向いていませんが、静的と見なせるパラメータや初期値の推定を安定的に行うことができます。代表的なアルゴリズムはアンサンブルスムーザーや四次元変分法等があります。

 図:非逐次型のデータ同化のイメージ

図:非逐次型のデータ同化のイメージ


対象とするシミュレーションや問題に対し、両者を適切に使い分ける必要があります。


AI・機械学習との違い

データ同化はAIや機械学習と何が違うのか?というご質問をいただくことがよくあります。両者は計測データを使って予測を行うという点に関しては共通していますが、アプローチや得意とする条件は異なります。

AI・機械学習では、計測データから予測モデルを構築することができます。しかし、精度の良い予測モデルを構築するためには大量の計測データを必要とし、かつ予測過程はブラックボックスであるため、予測結果に対して物理的な解釈を見出すことは基本的には困難です。

一方、データ同化は、シミュレーションモデルを必要としますが、その分計測データの量は少なくても良く、推定対象の状態・パラメータの次元よりも計測データの数が少ない、いわゆる劣決定問題においても適用が可能です。また、予測結果自体はシミュレーションに基づいているため、物理的に解釈することが可能です。

データ同化とAI・機械学習はどちらが優れているという話ではなく、いずれも有効な予測手法であり、状況によって使い分けるべきであると言えます。

表:データ同化とAI・機械学習の比較

長所短所
データ同化
  • データの量は少なくても良い
  • 予測結果の物理的な解釈が可能
  • シミュレーションモデルが必要
AI・機械学習
  • 計測データから予測モデルを構築可能
  • 大量のデータが必要
  • 予測結果の物理的な解釈が困難(ブラックボックス)

データ同化の事例

元々は気象分野で発展したデータ同化技術ですが、近年徐々に他分野への応用例が増えてきました。構造計画研究所は、幅広い分野でデータ同化技術の業務実績があります。今回はその中から下記の3事例を紹介します。

  • 【事例①】風車の維持管理:限られた計測点から健全性を評価する
  • 【事例②】地下資源の生産挙動予測:限られた情報から不確かな地下の物性を推定
  • 【事例③】実構造物の応力推定:画像計測で得られた表面ひずみから内部の応力を推定

【事例①】風車の維持管理:限られた計測点から健全性を評価する

設計寿命を迎える風車に対し、発電事業者は事業継続・建替・廃止を選択する必要があります。物理センサによる網羅的な計測に基づく健全性評価により客観的な意思決定を行うことが理想ですが、 風車のような大型の構造物は計測可能な位置や数に制限があるため、限られた計測データから妥当な評価を行う方法が必要とされています。

データ同化による解決策

データ同化により、 限られた位置・点数のデータを風車の応答解析モデルに反映することで、直接計測できない未知の状態量や物性を推定することが可能です。更新されたモデルを用いて疲労評価を行うことにより、健全性評価及び余寿命推定をより正確に行うことができます。

 事例① 風車の維持管理:限られた計測点から健全性を評価する

事例① 風車の維持管理:限られた計測点から健全性を評価する


【事例②】地下資源の生産挙動予測:限られた情報から不確かな地下の物性を推定

地下資源の生産シミュレーションにより生産挙動を正確に予測するためには、地下資源が存在する地層(貯留層)内部の物性を精度良く推定する必要があります。 しかしながら、貯留層の構造は不均質性が強く、既存の物理探査データのみでは精度良く推定することが難しく、課題となっています。

データ同化による解決策

データ同化により、資源の生産量や温度・圧力変化といったリアルタイムの観測値を生産シミュレーションモデルに反映することで、 直接計測が困難な貯留層内のパラメータを推定することが可能です。 また、より精度良く生産挙動を予測するためには、どの観測値を重視してデータ同化するべきかを定量的に評価する手法を導入し、より効率的に高い精度の予測を得るための検討も行っています。


【事例③】実構造物の応力推定:画像計測で得られた表面ひずみから内部の応力を推定

有限要素法シミュレーションを用いることで、部材内部にかかる応力やひずみを評価することが可能です。しかし、シミュレーションは様々な仮定を置くため、現実の条件を完全に表現することができず、実際の状態と異なる場合があります。また、ひずみゲージやデジタル画像相関法(DIC)などの画像計測は物体表面の情報は計測できますが、内部を計測することはできません。

データ同化による解決策

データ同化により、DICで得られたデータを用いてシミュレーションの不確かな要素を推定することが可能です(特許技術)。画像計測を反映したシミュレーションを通じて、間接的に実部材の内部に加わる応力や材料物性を評価・推定することができます。

データ同化による構造解析のパラメータ推定

データ同化による構造解析のパラメータ推定

データ同化システムの構築サービス

データ同化は、シミュレーション可能な現象であれば原理的には適用が可能であり、構造物の変形や破壊・振動、熱流体、電磁界、災害など、様々な分野に応用することができます。

構造計画研究所では、お客様の課題やニーズに合わせ、あらゆる計測データ・シミュレーションに対してデータ同化を適用するコンサルティング及びお客様ご自身でも容易に操作することが可能なデータ同化システムの構築サービスを提供しています。

また、データ同化技術はもちろん、弊社保有の計測技術とシミュレーション技術の双方を組み合わせ、幅広いご提案が可能です。お気軽にご相談ください。

お問い合わせ

お打ち合わせや技術資料のご要望など、お気軽にお問い合わせください。

関連ページ

各種情報

委員活動

  • 綿引壮真:日本機械学会計算力学部門 設計と運用に活かすデータ同化研究会 委員

関連特許

  • 特開2023-142321:シミュレーション装置、シミュレーション方法及びプログラム
  • 特開2020-201146:パラメータ推定装置、パラメータ推定方法及びプログラム

論文

  • Oba, A., Furumura, T., and Maeda, T. (2020). Data Assimilation‐Based Early Forecasting of Long‐Period Ground Motions for Large Earthquakes along the Nankai Trough. J. Geophys. Res. Solid Earth. 125, e2019JB019047. doi:10.1029/2019JB019047

受賞

  • 綿引壮真:日本機械学会 97期 計算力学部門 優秀技術講演表彰,2019年

学会・研究会での講演

  • 綿引壮真:工学分野におけるデータ同化,2023年度 第2回ORセミナー,2023年7月
  • 齋藤 健太,Jayakody S.H.S,上田 恭平,渦岡 良介:不飽和斜面の浸透・破壊挙動を対象とした模型実験とデータ同化解析の適用,第28回計算工学講演会,2023年6月
  • 綿引壮真:デジタル画像相関法と圧縮センシングを用いた振動モード同定技術,2022年度東海ダイナミクス・制御研究会,2023年3月
  • 綿引壮真:観測とシミュレーションを融合するデータ同化技術の工学応用,公益社団法人日本セラミックス協会 第36回秋季シンポジウム,2023年9月
  • 綿引壮真,大峡充己:弾塑性有限要素解析のデータ同化,第35回計算力学講演会(CMD2022),2022年11月
  • 大峡充己,綿引壮真:データ同化における観測評価手法の比較,第35回計算力学講演会(CMD2022),2022年11月
  • 綿引壮真,大峡充己:構造解析における縮約モデルのデータ同化への応用,日本原子力学会 2022年秋の大会,2022年9月
  • 綿引壮真,佐々木健吾:デジタル画像相関法(DIC)による変位・ひずみ分布計測を活用したCAE改善,第76回関西CAE懇話会,2021年10月
  • 綿引壮真,Shanthanu Rajasekharan,長谷川俊昭:デジタル画像相関法と有限要素解析によるコンクリート圧縮試験のデータ同化,日本建築学会2020年度大会学術講演会,2020年9月
  • 綿引壮真,長谷川俊昭,Shanthanu Rajasekharan:デジタル画像相関法と有限要素解析の逐次データ同化によるコンクリート圧縮試験のモデルパラメータ推定,令和2年度土木学会全国大会第75回年次学術講演会,2020年9月
  • 長谷川俊昭,綿引壮真,Shanthanu Rajasekharan:デジタル画像相関法を用いたデータ同化によるコンクリート弾性力学特性の同定,令和2年度土木学会全国大会第75回年次学術講演会,2020年9月
  • 綿引壮真:高精度CAEのための実験技術およびデータ同化に関する研究会,2019年12月
  • 綿引壮真,佐々木健吾:デジタル画像相関法を用いた逐次データ同化による材料パラメータと境界条件推定,第32回計算力学講演会(CMD2019),2019年9月
  • 綿引壮真,佐々木健吾:デジタル画像相関法を用いた逐次データ同化による材料パラメータ推定,日本機械学会関東支部第25期総会・講演会,2019年3月

寄稿

  • 綿引壮真:デジタル画像相関法による三次元変形計測 計測と解析の融合を目指して,一般社団法人構造調査コンサルティング協会 協会ニュース№61号,2019年12月

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