火災による延焼予測・構造物への影響評価シミュレーション

火災はいつどこで発生するのかを予測することはできません。しかし火災発生プロセスや発生時の周辺環境を想定して、長時間にわたる延焼過程や、それにともなう避難行動の変化などをシミュレートする手法は整備され活用されています。

また、火災は構造物に「熱荷重」として作用します。火災が発生した場所だけでなく、輻射熱・対流熱・伝導熱といった形で周辺まで熱が伝わっていきます。特に鋼構造物では、熱伝導により構造物内部の温度分布が変化し、線膨張による変形が発生し始め、高温に達して剛性や耐力が低下し始めるとさらに変形が進み、やがて倒壊に至る恐れもあります。高速道路上の車両火災や鉄道の沿線火災が警戒されているのは、人的被害や鎮火までの交通遮断による経済的損失のみならず、その後のインフラ構造物の使用性に影響が出ることもありうるためです。

ここでは、火災にかかわるシミュレーション技術についてご紹介します。

1.火災による延焼予測

大規模地震時に発生すると考えられる市街地での火災を延焼モデルを用いて予測し、防火帯や防火区画の配置といった火災に強い都市計画の策定や、地域住民への避難誘導や啓発活動の一助として実施します。

火災の延焼予測モデル

1995 年の阪神淡路大震災(兵庫県南部地震)による火災被害調査を反映し、東京都消防庁が作成した地震時の火災延焼速度式「東消式 2001」は以下のようなものです。

火災延焼速度式「東消式 2001」(東京消防庁)

火災延焼速度式「東消式 2001」(東京消防庁)

参考:延焼シミュレーションの概要(東京消防庁)

東京消防庁では、市街地の状況をコンピュータ上に再現して地震火災の推移や消火に必要な消防隊数を予測する延焼シミュレーションシステムを開発し、平成4年から全庁的に運用しています。現在の延焼シミュレーションシステムは平成13年3月火災予防審議会答申「地震火災に関する地域の防災性能評価手法の開発と活用方策」に基づく「東消式2001」を採用し、耐火造建物を媒介して延焼拡大する危険性についても評価することができます。

構造計画研究所では、「東消式 2001」をもとに街区の火災延焼シミュレーションプログラムを開発し保有しています。この火災延焼速度式「東消式 2001」をベースに延焼シミュレーションを行い、延焼規模を予測します。


事例|火災延焼シミュレーション

検討対象エリア内の建物条件を変えて火災延焼シミュレーションを行った事例です。
検討対象エリアと共通の計算条件を以下に示します。

検討対象エリアと共通の計算条件

検討対象エリアと共通の計算条件

以下の2ケースの建物条件で火災延焼シミュレーションを行いました。

火災延焼シミュレーション(ケース1)

火災延焼シミュレーション(ケース1)


火災延焼シミュレーション(ケース2)

火災延焼シミュレーション(ケース2)

建物条件を変えた2ケースの火災延焼シミュレーション結果の比較を以下に示します。

火災延焼シミュレーション結果の比較

火災延焼シミュレーション結果の比較

ケース2は耐火建物が増加したことで、ケース1よりも一定時間内の延焼面積が減少する傾向が確認できます。

2.火災延焼にともなう避難行動の評価

地震後などに多点で同時に出火し、鎮火まで長時間を要する広域火災では、計画的ではない住民の避難行動が発生し、さらに時間の経過とともに延焼によって使用できなくなる避難経路が発生して、経路変更を強いられる事態もありえます。

避難シミュレーション

このような状況想定の場合には、火災延焼シミュレーションに、マルチエージェント・シミュレーション(MAS)による避難行動を重ねて検討することがあります。

マルチエージェント・シミュレーション(MAS)とは

「エージェント」とは自分の周囲の状況を認識し、それに基づいて一定のルールのもとで自律的に行動する主体のことです。ここでは「火災から避難する人」(下の図中の青い小ドット)がエージェントに相当し、時々刻々の延焼状況を認識して、火災に遭遇したときの避難判断や経路変更をルール化することも可能です。

街区の延焼と避難行動の状況(出火初期)

街区の延焼と避難行動の状況(出火初期)

街区の延焼と避難行動の状況(出火初期の約30分後)

街区の延焼と避難行動の状況(出火初期の約30分後)

MAS は混雑していて動けない経路は避けるなど、複数のエージェントが相互に影響しあう環境での行動をシミュレートする手法で、避難計画の評価やリスク分析などでよく活用されています。

【参考文献】

  • 加藤孝明・吉永潤二・江田敏男・志村泰知:延焼・避難広域シミュレーション大規模計算による災害時に発生しえる極端現象の解明とその対処の検討(その1)-都市の安全化方策検討の枠組み,火災学会,2015.5
  • 志村泰知・加藤孝明・江田敏男・吉永潤二:延焼・避難広域シミュレーション大規模計算による災害時に発生しえる極端現象の解明とその対処の検討(その2)-危険遭遇者発生の特性分析,火災学会,2015.5
  • 志村泰知・加藤孝明・小林大吉・江田敏男:延焼・避難広域シミュレーション大規模計算による災害時に発生し得る極端現象の解明と その対処の検討(その3) -避難行動モデルの高度化-,火災学会,2016.5

3.熱荷重をうける構造物の挙動・構造性能評価

火災による熱荷重をうける構造物の解析的検討手順には、以下の2段階があります。

1.温度解析(熱伝導解析)

高温にさらされる部材内部の温度分布や温度上昇の時間変化を評価します。

2.変形解析

温度解析(熱伝導解析)で得られた時々刻々の温度分布を荷重とした静的増分解析により部材の熱変形挙動を評価します。


以下では、高さ 4m、スパン 7mのシンプルな門型架構(柱:箱形鋼□-500x500x22、梁:形鋼H600x300x28x16)の直下で火災が発生した状況を題材として解説します。

事例|熱荷重をうける鋼構造物の挙動評価

温度解析モデルと変形解析モデルは下図のようなメッシュ分割の3次元FEMモデルを基本とします。

温度解析・変形解析の3次元FEMモデルと火災発生状況(イメージ)

温度解析・変形解析の3次元FEMモデルと火災発生状況(イメージ)

1.温度解析(熱伝導解析)

温度解析(熱伝導解析)は以下のように実施しました。

温度解析(熱伝導解析)モデル

  • 柱と梁を3次元熱伝導要素でモデル化
  • 火災の温度変化(熱源モデル)を下図のように規定
左図:解析モデル/右図:火災の温度変化(熱源モデル)

左図:解析モデル/右図:火災の温度変化(熱源モデル)


  • 柱梁の内側表面が熱輻射を受けるものとし、火災温度を環境温度とする熱輻射要素を部材表面に配置
受熱面の熱輻射要素(ピンク色)

受熱面の熱輻射要素(ピンク色)


  • 受熱がない柱梁の外側表面には 20°C(一定)を環境温度とする熱伝達要素を配置
  • 鋼材に温度依存の物性値(比熱、熱伝導率)を適用
  • 熱伝達係数と熱輻射率は定数
  • 以上の熱源モデルと解析モデルで、dt=20 秒、継続時間 60 分の非定常増分解析を実施

温度解析(熱伝導解析)結果

下図に示す通り、梁中央下面の温度は、出火 30 分後で 600°Cを越え、60 分後で約 800°Cに達しています。

梁中央下面の温度変化

梁中央下面の温度変化

2.変形解析

次に、架構の変形解析を実施しました。

変形解析モデル

  • 柱梁を3次元ソリッド要素でモデル化(柱脚基部は固定)
  • 鋼材には温度依存の弾塑性材料モデル(下図)を適用
鋼材の温度依存弾塑性モデル

鋼材の温度依存弾塑性モデル


  • 梁に常時荷重として 50kN/m を載荷後、時々刻々の温度分布(温度解析結果)を温度荷重として与える非線形の静的増分解析を実施

変形解析結果

変形解析結果を下図に示します。
火災発生 60 分後には柱梁接合部をはじめ、梁の大部分に塑性歪みが発生していることが確認できます。

左図:変形と温度分布(出火60分後)/右図:変形と塑性ひずみ分布(出火60分後)

左図:変形と温度分布(出火60分後)/右図:変形と塑性ひずみ分布(出火60分後)

また梁中央の鉛直変位は、スパン 7m に対して出火 30 分後で 2cm、60 分後で 4.5cm に達しており、火災により大きな変形が発生する可能性が確認できます。

梁中央の鉛直変位

梁中央の鉛直変位


シンプルな門型架構の直下で火災が発生した状況を題材として、温度解析(熱伝導解析)、変形解析の方法について解説しました。

これらを実構造物、大規模構造物の検討に適用する場合も基本的な実施内容は変わりませんが、検討目的や使用する計算機の能力に応じて全体系フレームモデルや部分詳細 FEMモデルを使い分けることも考えられます。

また、火災の熱源モデルは過去事例や文献をもとに設定することもありますが、隣の建物の中間階から出火、橋梁上の車両火災など、想定される火災現象によって多様な設定がありえますので、事前に火災シナリオに沿った熱流体シミュレーションを実施して設定することもあります。

火災による延焼予測・構造物への影響評価|エンジニアリングサービス

構造計画研究所は、地震や風水害など様々な災害の事前想定や対策検討、事後評価をシミュレーション技術で支援しています。
災害の評価・検討には、大きく以下の2つに分けられます。

  • 災害現象そのものの(地震、津波、液状化、強風、河川氾濫など)の評価
  • 災害現象が荷重として構造物に作用した際の挙動や構造性能の評価

「火災」についても同様の形で評価・検討を支援しています。


1.火災による延焼予測・避難行動の評価シミュレーション

火災延焼シミュレーションや、その結果を用いた避難シミュレーションにより火災現象を評価し、事前想定や対策検討などを支援します。

適用例

  • 大規模地震時に発生すると考えられる市街地での火災の事前想定
  • 防火帯や防火区画の配置といった延焼対策の検討
  • 火災時の地域住民への避難誘導や啓発活動

2.熱荷重をうける構造物の挙動・構造性能評価シミュレーション

火災による熱荷重をうけた際の構造物の挙動や構造性能を温度解析(熱伝導解析)、変形解析により評価します。

適用例

  • 建築物の耐火設計、耐火性能評価のための実験解析
  • 火災発生後のインフラ構造物の使用性評価

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