建築構造物の施工時解析(施工段階解析)
近年、超高層建築物はさらに高層化を続けています。
超高層や大空間構造など、大規模で複雑な建築物を建設する際には施工時の構造物の挙動を検討することが求められます。
施工時の構造物の挙動を検討することで施工時の構造安全性を検証することができるとともに、コスト削減や工期短縮など、合理的で経済的な施工計画の立案にもつながります。
施工時の構造物の挙動を検討する方法として、施工段階ごとの構造物の状態変化を考慮する施工時解析(施工段階解析)があります。
構造計画研究所では、建築構造物の施工時解析(施工段階解析)のコンサルティングサービスを提供しています。
施工時解析(施工段階解析)とは
建物は、層ごとに部材を少しずつ組み立てていくことで出来上がっていきます。したがって、部材が組み上がっていくにつれて荷重も増加していくことになります。しかし、一般的な設計では、建物完成時の状態で荷重を一気に載荷する方法が用いられるため、施工途中の荷重や部材に発生する応力は考慮されません。
建物完成時の状態で荷重を一気に載荷する方法(以下、「一般解析」と呼びます)と、施工段階の荷重やその荷重により部材に発生する応力を考慮した方法(施工段階解析)では結果に差異が生じます。
一般解析と施工段階解析の違いとその結果の差異について、下図のような2階建ての骨組構造を例に説明します。
一般解析と施工段階解析の比較(2階建て骨組構造の例)
実際の施工時には、1階の固定荷重が発生する時点では1階の部材応力は2階の部材による影響を受けません。
しかし、一般解析では1階の部材応力を1階と2階の垂直部材が分担するので差異が発生します。
施工段階解析とは、施工途中の荷重や部材応力などの状態変化を考慮して、遷移する事象ステップごとにモデルの形状や状態を一部変更しながら応力や変形を引き継いでいく段階的な計算方法です。
一般解析 | 建物完成時の状態で荷重を一気に載荷する計算方法 |
施工段階解析 | 施工途中の荷重や部材応力などの状態変化を考慮して、遷移する事象ステップごとにモデルの形状や状態を一部変更しながら応力や変形を引き継いでいく段階的な計算方法 |
なぜ施工段階解析が必要か
すべての部材が完成した状態ですべての荷重を一気に載荷する「一般解析」での仮定は、小さい建物規模であればそれほど問題とはされません。しかし、超高層建築のように建物規模が大きくなると、施工の工程や順序が複雑化し、建物の重量も大きくなるため、この差異による影響が大きくなります。
この差異による影響が構造的に問題ないかを検証するために施工段階解析が用いられます。さらに、施工段階解析により施工の順序や荷重載荷時期を検証することで、施工コスト削減や工期短縮など、合理的で経済的な施工計画の立案につなげることも可能です。
以下では、地下階が存在する大規模建物で採用されることが多い逆打ち工法を例に、施工段階解析の必要性についてご紹介します。
逆打ち工法を採用した大規模建物での施工段階解析の必要性
大規模建物の多くは地下階が存在し、工期短縮のために逆打ち工法を採用することがよくあります。
逆打ち工法では、下層から施工するのではなく地上と地下を同時に施工していきます。まず、構真柱と呼ばれる柱を施工して杭と接続することにより建物の重量を杭に伝達できるようにします。この状態で地上階の建設を進めながら地下階も施工していきます。
逆打ち工法では、地上階と地下階を同時に施工していくため、地下階が完全に出来上がる前の状態で地上階の施工ステージに応じて増加する重量を支える必要があります。しかし、このような施工途中の荷重状態や荷重により部材に発生する応力や変形は、一般解析では考慮していません。
逆打ち工法のような複雑な施工に対して施工段階解析を用いることで、施工時の構造安全性を検証することができます。
施工時の影響検討 ~逆打ち工法による高層建物の施工段階解析
逆打ち工法を採用した高層建物を対象に施工段階解析を行い、施工時の影響を検討した試解析例をご紹介します。
対象構造物
対象構造物は、地下3階SRC、地上25階S造の高層建物を想定しました。
施工段階解析モデル
施工時の解析モデルは、3つの施工ステージに分割して行いました。
逆打ち工法を想定し、地下部分は鉄骨の構真柱を配置し、地下部分の柱・梁・壁を1FL、B1FL、B2FL、... といった順序で部材生成していきます。同時に、地上階もステージごとに上に積み上げていきます。
検討には、構造解析プログラム「RESP」を使用しました。
施工ステージごとの解析モデルのイメージを以下に示します。
施工ステージ1 | 施工ステージ2 | 施工ステージ3 |
解析結果
① 一般解析と施工段階解析の支点反力の比較
一般解析と施工段階解析の支点反力を以下に示します。
一般解析 | 施工段階解析 |
このようなシンプルなモデルでも5%程度の差が生じています。
傾向としては、外周部の反力は施工段階解析のほうが小さく、中央部は増加しています。
施工の序盤ステージでは構真柱により鉛直荷重を負担しますが、最初の時点では大梁が施工されていないため、一般解析では大梁によってある程度均一化されるはずの柱軸変形のばらつきが大きくなっているためと考えられます。
実際の建物では、さらに施工手順が複雑ですので、場合によってはより大きな差が生じることも考えられます。
② 施工時と完成時の柱軸力の比較
構真柱の状態では、鉄骨部材のみの状態で上部構造軸力を支える必要があるため、完成したSRC柱で軸力を受ける場合とは違った判断が求められます。
以下に、最下階が構真柱のみのステージでの柱軸力と、完成時の柱軸力を示します。
施工時(最下階が構真柱のみのステージ)の柱軸力 |
完成時の柱軸力※ |
外周の柱軸力を見ると、施工時(最下層が構真柱のみのステージ)でも完成時に対して40%程度もの軸力を負担している結果となっています。
完成時には耐震壁が軸力を負担してくれますが、耐震壁を施工する前の状態では、柱ですべての重量を支えなければならず、しかもこれを鉄骨断面のみで支えることになります。
施工時の安全性を考えると、実際の施工時に近い状態を想定して地下階柱の鉄骨断面を決定する必要があります。
施工時の影響検討が必要となる例
施工段階解析のような施工時の影響検討が必要になるのは、逆打ち工法だけではありません。施工現場に応じて検討すべきことは様々です。
そこで、施工時の影響検討の例をいくつかご紹介します。
施工時の影響検討例① 工区ごとの施工・低層棟と高層棟の接続部の検討
工区ごとの施工や、低層棟と高層棟の接続部の施工時には、施工工程を考慮した詳細な検討が必要となる場合があります。
工区ごとの施工の例 |
低層棟と高層棟の接続部の検討例 |
施工時の影響検討例② 基礎に対する沈下の検討
建築物の基礎構造は、建物荷重を基礎スラブから地盤に直接伝える直接基礎か、地中深くまで杭を打設する杭基礎が採用されます。どちらの基礎形式でも、支持力を確保させ、沈下が許容値以下となるように設計することが求められます。
超高層建物など規模が大きい構造物は、建物重量が大きく施工工程も複雑なため、施工ステージに応じて詳細な沈下量の検討が必要となる場合があります。
パイルド・ラフト基礎に対する沈下の検討例
以下は、直接基礎と杭基礎の両方の支持機構をもつパイルド・ラフト基礎を対象に、基礎に対する沈下を検討した事例です。
施工時の影響検討例③ 近接施工の影響検討
近年、地下空間の利用や道路・鉄道・上下水道・堤防などのインフラ施設の整備に伴い、既設構造物に近接する工事が増えています。
既存構造物に近接した位置での開削工や基礎工などの施工に対して、地盤の変形にともなう近接構造物への影響や対策の効果を解析により評価します。
開削工事での近接施工の影響検討例
開削工事にともなう既設トンネルへの影響を検討した事例です。
2次元FEM解析によりシールド掘削やセグメント設置などの施工ステップを考慮した検討を行いました。
解析モデル | 開削工事にともなう既設トンネル周辺の変形図 |
掘削工事による地下水流動場の変化
地盤掘削や構造物の施工にともなう地下水流動場の変化や構造変形を、段階施工による境界条件の変化を順次適切に与えて評価した事例です。
手法 | :2次元/3次元有限要素法による浸透流・有効応力解析 |
建物のモデル化 | :ソリッド要素/シェル要素/ビーム要素 |
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建築物の施工時解析の事例集です。施工段階解析のほか、建物-基礎-地盤の連成を考慮した3次元解析など、建物と基礎の合理的設計検討のさまざまな解析事例をご紹介しています。
ご紹介事例
施工段階解析
- 工区ごとの施工・低層棟と高層棟の接続部の検討
- 近接施工の影響検討・掘削工事による地下水流動場の変化
建物と杭基礎の合理的設計の検討
- パイルド・ラフト基礎に対する沈下検討
- 地盤-基礎-建物の連成を考慮した3次元地震応答解析
- 傾斜地盤の影響による建物のねじれ挙動解析
周辺への影響予測
- 地下構造物の3次元非線形解析(大規模FEM(RC非線形))
- 断層破壊による周辺への影響評価(動力学による地震断層変位解析)
- 交通振動の影響予測(鉄道振動による地盤振動予測解析・隣接建物振動予測解析)
建物の地震時損傷評価
- 地盤・建物観測記録の整理・簡易分析・解析による建物損傷評価
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関連する論文・学会発表
- パイルド・ラフト模型載荷実験に対する薄層要素法を用いた解析手法の適用(その 1)鉛直載荷実験における基礎沈下量および杭頭軸力に対する検討(日本建築学会大会学術講演梗概集(北海道)2022年9月)
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