リアルタイム洪水予測システム「RiverCast」による水害対策

近年、全国各地で豪雨災害が発生しており、気候変動を背景に今後も被害は激甚化・頻発化していくと考えられます。工場やプラントを持つ民間企業においても、浸水にともなう復旧費用や操業停止期間の機会損失、場合によっては従業員に危険が及ぶ可能性もあり、水害に備えた事業継続計画(BCP)の策定は急務です。

豪雨に関する公共情報

豪雨に関する公共情報は充実してきており、災害発生前にはハザードマップを通じ当該地域の被害想定を確認できるほか、昨今では水害リスクマップや多段階の浸水想定図の作成も進んでおり、発生頻度を含む災害リスクを事前に把握することが可能です。

また豪雨は進行性災害であり、災害の発生が予見される場合は公共情報を通じリアルタイムに状況を把握できます。たとえば国土交通省が提供する川の防災情報で河川水位を確認できるほか、気象庁のキキクルからは大雨による災害発生の危険度の高まりを地図上で閲覧可能です。

ハードで防ぎきれない水害に対しては、これらの河川水位や危険度分布を参考に、人的あるいは経済的リスクを最小限に抑えるための適時適切な意思決定が要求されます。

豪雨に関する公共情報を活用する際の課題

公共情報は住民に広く周知し自助共助を促す上では非常に有益ですが、工場・プラントのほか重要インフラ設備を抱える企業に対しては必ずしも十分な情報ではありません(図 1)。
たとえば、業界によっては製造ラインを停止するまでに長い時間を要する場合があり、観測水位やリスクラインの短時間での危険度情報では十分なリードタイムを得ることができません。

豪雨に関する公共情報を活用する際の現場での課題

図1 豪雨に関する公共情報を活用する際の現場での課題


また、キキクルでは危険度を段階的に示すのみで、現場付近の河川水位がどの程度上昇するかを定量的に把握できません。加えて降雨はわずかな条件の違いによって予報結果が変わる非常に複雑な事象であり、3~6時間先の予報でも非常に不確実性が高く(図2)、重要な意思決定を行う際には必ずしも十分な情報とは言えません。


関東地方における解析雨量と1 時間先(左)、3 時間先(中)、6 時間先(右)の降水短時間予報との比較図

図2 関東地方における解析雨量と1 時間先(左)、3時間先(中)、6時間先(右)の降水短時間予報との比較図
横軸が解析雨量、縦軸が予報雨量で、灰線上のプロットで解析値と予報値が一致します。


公共情報は広く分かりやすい情報を提供しますが、シビアな判断を要求される民間企業にとっては、各拠点に特化した詳細な予測情報が必要とされます。

以下では特に外水氾濫をターゲットとし、公共情報でカバーしきれない情報を補うリアルタイム洪水予測システムRiverCast の概要と特長、BCPにおける効果や、実際の予測事例をご紹介します。

リアルタイム洪水予測システム RiverCast

RiverCast の概要

RiverCast は、(株)構造計画研究所が提供する洪水予測クラウドシステムです。特定の水位計から得られる河川水位を対象に、15 時間先まで河川水位を精緻に予測します。予測結果はユーザー名・パスワードの認証情報さえあれば、任意の通信端末のWeb ブラウザから予測結果を閲覧でき(図3)、ブラウザ上でのアラート通知や関係者へのメール通知が可能です。

RiverCast の利用イメージ

図3 RiverCast の利用イメージ
PC やスマートフォンなど任意の通信端末のWeb ブラウザから利用できます。


また天気予報の誤差を考慮し、予測の上ぶれ・下ぶれの可能性を定量的に示すほか、ユーザーが設定した特定の水位を超過する確率を計算できます。


RiverCast の特長

RiverCast は河川全体でなく、特定の水位計を対象に予測モデルを構築します(図4)。公共情報のように広範な情報を把握できない反面、特定地点に特化した予測モデルを構築するため、高精度な予測モデルを短時間で提供できます。

公共情報とRiverCast それぞれの利点を示した図

図4 公共情報とRiverCast それぞれの利点を示した図
RiverCast は対象拠点ピンポイントに影響を及ぼしうる天気予報・河川情報を、過去データを利用して物理現象に整合させ、精緻な予測結果を与えます。


予測にあたっては対象拠点の河川水位だけでなく、対象とする水位に影響を及ぼしうる広域の雨量やダム、潮位等の情報を利用して、30 分ごとに予測を更新します。従来は各種情報から危険度を定性的に判断せざるを得ませんでしたが、RiverCast による水位予測の活用を通じ、経験や勘に頼らない定量的な判断が可能になります。


RiverCast の予測手法

RiverCast では力学系理論と呼ばれる数理工学の考え方を応用しており、過去の観測データから物理現象を再現するよう予測モデルを構築します。
本手法は東京大学との共同研究成果であり、国内外の河川で有効性を確認1しています。代表的な物理モデル・AI モデルよりも高精度で、少数データから未経験の出水規模の洪水も予測できることが示されています。また国内外の学術界でも高く評価されており、Nature 社のScientific Reports でTop 100 in Physics に選出2されたほか、四国地方整備局技術発表優秀論文賞等も受賞しており、また国土交通省の新技術情報提供システムNETIS にも登録(KT-220028-A)されています。

RiverCast による予測の特長

図5 RiverCast による予測の特長
従来の予測手法(物理モデル・AI)の利点を組み合わせた精緻な予測を提供するほか、天気予報の誤差を考慮し、不確実性を定量化できます。


一方で力学系理論による予測手法のデメリットとして、最低3年程度の過去データが必要な点が挙げられます。そこでRiverCast では新規に設置した水位計でも対応できるよう、物理モデルでの予測機能も取り入れています。物理モデルによる予測手法もリアルタイムに取得する水位に観測するよう、逐次補正をかけ精度向上を図っています。

いずれの予測手法に対しても、RiverCast では年に一度、水位・雨量等の蓄積データを予測モデルに反映させます。力学系理論による手法では蓄積データがモデルに直接取り込まれるほか、物理モデルにおいては観測データに整合するようパラメータをチューニングし、いずれの手法においても年々予測精度が向上していく仕組みとなっています。

また予報雨量の誤差の傾向は毎年異なるため、蓄積された予報雨量から当該拠点に影響を及ぼす誤差モデルを毎年更新し、常に最新の情報に基づき予測を提供しています。

  • 1 S. Okuno, K. Ikeuchi, and K. Aihara, “Practical data-driven flood forecasting based on dynamical systems theory,” Sci. Rep., vol. 10, no. 1, p.664, 2020, doi: 10.1038/s41598-019-57255-4.

  • 2 S. Okuno, K. Aihara, and Y. Hirata, “Forecasting high-dimensional dynamics exploiting suboptimal embeddings,” Water Resour. Res., vol. 57,no. 3, p. e2020WR028427, Mar. 2021, doi: 10.1029/2020WR028427.

令和2年7月豪雨における予測事例

RiverCast による予測事例として、令和2 年7 月豪雨における球磨川の水位予測結果を示します。本事例では戦後最大の洪水被害を受け、人吉ほか複数の地点で観測開始以来最高水位を記録しました。

図6(上図)に当時の予報雨量を用いて、人吉観測所で精度検証を行った事例を示します。15 時間先までの予測でも、過去データ最高水位以上の水位である計画高水位の超過を早期に予測できています。また基準水位の超過確率を計算すると、警戒レベル4 の情報を発令する11 時間前からはん濫危険水位の超過確率が70%以上であると予測しています。

また図6(下図)に、当時の予報雨量を解析雨量で置き換え計算した結果を示します。予報雨量誤差がない場合、非常に精緻に予測出来ていることが分かります。

「人吉」観測点における水位予測結果

図6 「人吉」観測点における水位予測結果
黒点が観測値で、各点を初期値とした15 時間先までの予測結果を重ねて示しています。
上図は当時の実際の予報雨量で計算した結果、下図は参考までに予報雨量を解析雨量で置き換え計算した予測結果で、モデルそのものの誤差を示します。

RiverCast の利用イメージと導入メリット

公共情報とRiverCast を併用した利用イメージ

RiverCast の利用イメージを図7 に示します。豪雨災害に備えた意思決定を行う上では、発災が想定される時間に応じて公共情報を併用し、お互いの情報を補完し合うことが有効です。具体的には、発災が予想される数日前から公共情報を通じて広域の動向を把握しつつ、15 時間前からはRiverCast を活用して重要な意思決定の判断の決め手とする使い方が想定されます。

前提として、RiverCast は現時点では最大で15 時間先までの予測を実施しており、数日前の動向は把握できません。また数日前の情報に基づいて対象拠点ピンポイントの水位予測を実施しても不確実性が高いため、むしろ気象情報に基づく広域の結果が参考になります。一日前からはキキクルによる広域の危険情報や、河川水位情報が有用です。

そして15 時間前からは、RiverCast が当該拠点に影響を及ぼしうる範囲の降雨・河川水位情報を加味し、当該拠点における精緻な水位予測を提供します。予測の不確実性も定量化されるため、空振りによる機会損失と見逃しによる被害を総合した合理的な意思決定が可能となり、判断の決め手として活用できます。

公共情報とRiverCast の併用イメージ

図7 公共情報とRiverCast の併用イメージ
数日前~1 日前は不確実性が非常に高いため、拠点ピンポイントよりも広域な公共情報による把握が適切です。
15 時間前からは確度が高まっていくため、公共情報で動向を把握しつつも、RiverCast による予測が判断の決め手になります。


工事現場でのRiverCast 利用例

図8 では、工事現場での実際の活用例を示しています。従来の雨量や観測水位に基づく判断では十分なリードタイムを確保できず、対応が遅れた場合には浸水被害が発生する危険性があります。また退避後の作業開始タイミングも公共情報だけでは判断が難しく、工程の遅延にもつながります。

一方、RiverCast の活用により、退避のための十分なリードタイムを確保でき、夜間の水位上昇の危険も事前に察知し対応が可能になります。また、作業開始のタイミングも予測に基づき適切に判断でき、適切なリスク管理により本来トレードオフの関係である安全性と生産性を両立させることができます。

工事現場におけるRiverCast 利用例

図8 工事現場におけるRiverCast 利用例
事前準備のリードタイムを確保し安全性を向上させるだけでなく、より早期の作業開始が可能になるほか、不要な見逃しを減らし生産性も向上させることができます。


RiverCast 導入による業界別のメリット

図9 に、RiverCast 導入による業界別のメリットを示します。RiverCast は多くの自治体に導入されているほか、治水施設における重要な意思決定にも用いられています。民間では特に河川付近の建設現場で導入する事例が多く、予測を活用した適切なリスク管理により、安全性とともに生産性を向上させています。

業界別の導入メリット

図9 業界別の導入メリット
自治体や治水施設だけでなく、民間企業での導入も増えています。

RiverCast の導入および運用フロー

RiverCast 導入フロー

図10 にRiverCast の導入フローを示します。予測地点を指定いただいた後、技術者が予測モデル構築に必要な各種データ(雨量、河川水位、場合によっては潮位・ダム放流量等)を収集し、予測モデルを構築します。構築に際しては、直近の顕著な水位上昇事例に対して予測精度を確認し、モデル詳細を含めレポートとして提出します。予測地点指定後、およそ1ヶ月程度で運用を開始できます。

図10 RiverCast の導入および運用フロー

図10 RiverCast の導入および運用フロー
予測地点をご指定いただいた後、弊社内で必要データを手配・分析し予測モデルを構築、地点指定から1 ヶ月程度で運用できます。
別途、WebAPI を通じたシステム連携も可能です。

RiverCast 運用フロー

運用開始時にシステムURL とアカウント情報(ID・パスワード)をご案内します。アカウント情報を入力することでお手持ちのパソコンやタブレットからログインいただけます。毎日任意の時刻に観測水位と予測水位情報をお知らせする定期通知メールのほか、予め設定した任意の判定水位の超過を予測した場合に、メールにてお知らせするアラート通知機能もご利用可能です。出水後には振り返りレポートの作成も承ります。関係者間で対応の振り返りにご活用いただけます。

RiverCast の導入および運用フロー

図10 RiverCast の導入および運用フロー
予測地点をご指定いただいた後、弊社内で必要データを手配・分析し予測モデルを構築、地点指定から1 ヶ月程度で運用できます。
別途、WebAPI を通じたシステム連携も可能です。

RiverCast ご利用実績(敬称略)

公的機関:

国土交通省 徳島河川国道事務所、山形県鶴岡市、神奈川県川崎市、熊本県大津町、福島県福島市、静岡県藤枝市、また実証試験として大阪府、神奈川県横浜市、神奈川県川崎市、ほか全国13 自治体45 地点以上でご利用

民間企業:

鹿島建設、清水建設、大林組、西松建設、西武建設、前田建設工業、大本組、横河NS エンジニアリング、ほか建設業、遊水池管理施設、インフラ事業者など多数

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