環境振動の影響評価|工場建物の振動予測と対策

精密機器は環境振動の影響を大きく受けます。工場などでは、環境振動によって製品の品質低下や工場の稼働中断といった重大な問題が発生する場合もあり、事業継続の観点からも環境振動への対策が重要な課題となっています。

ここでは、主に精密機械工場を対象に、環境振動の予測と評価、対策の方法についてご紹介します。

精密機械工場の建設増加と振動問題

新型コロナウィルスによるパンデミックや紛争、貿易摩擦などを要因として、安定したサプライチェーンが重視されるようになり、また、海外の人件費等のコスト上昇などを理由として、精密機械工場の日本国内への回帰が進んでいます。日本政府による半導体産業に対する支援策も打ち出され、今後も国内において精密機械生産施設の建設の増加が続くと考えられています。

精密機械工場において振動は、製品の精度や品質に悪影響を与え、不良率の増加や生産効率の低下を引き起こす重要な問題です。半導体の高密度化、画像表示パネルの高精細化が進み、製造、検査への振動の影響はより深刻となります。また、製造装置の高速化により、製造装置自体が振動の発生源となり、周囲の装置に影響を与える可能性が高まると推測されています。

環境振動とは

自動車や列車の走行時に発生する交通振動や、工場での大型機械稼働時に発生する機械振動、建物内部で発生する床振動など、地盤や建物を介して私たちが日常感じる振動を環境振動といいます。


環境振動の発生源

環境振動の発生源


環境振動の振動数はおおよそ1~80Hzで、振動だけでなく騒音にもつながります。精密機械工場の稼働のほかにも人体への心理的影響など、さまざまな問題の要因となります。

環境振動の主な特徴

  • 振動の大きさが地震動に比べて小さい
  • 伝搬距離は震源から50m程度以内
  • 鉛直振動が水平振動より大きい
  • 振動数はおおよそ1~80Hz
  • 振動だけでなく、騒音にも繋がる

環境振動が与える影響

  • 人体への心理的影響
  • 振動による騒音
  • 建物・工作物の外装材の不具合誘発
  • 精密機器工場の稼働への影響

精密機械の振動許容値と、工場の振動対策

精密機械工場などでは、人間が知覚できないレベルの振動を抑制する必要があります。精密機器を設置する際の振動許容値は、VC曲線などで規定されます。

VC曲線とは

VC曲線は振動の許容範囲を速度スペクトルで示したもので、VC-A,VC-B,VC-C,…と精度レベルが上がり、許容速度が小さくなります。

VC曲線

(出典:Colin Gordon Associates)

VC-Aは400倍程度の光学顕微鏡や電子天秤に使う基準とされています。VC-Bは線幅3μmまでの露光装置・検査装置、VC-Cは1000倍までの光学顕微鏡や、線幅1μmまでの露光装置・検査装置、VC-Dは電子顕微鏡や電子ビームシステムを使う装置、VC-Eはレーザーを用いたシステムやナノメートル単位の電子ビーム露光装置に対応しています。

一般的には、建築物の構造設計で、環境振動を考慮することは多くありませんが、精密機械工場などでは、工場建屋を設計する際に環境振動の影響を考慮する必要があります。


環境振動の対策

環境振動の対策には、ハード面とソフト面の対策があります。

ハード面の対策

  • 敷地周辺道路の平滑化
  • 振動遮断壁の施工
  • 建屋の剛性強化(筋交い等の追加)
  • TMD(Tuned Mass Damper)、AMD(Active Mass Damper)の導入
  • 設備用防振架台の導入
  • 地盤改良
  • 基礎躯体の剛性強化
  • 防振浮床の導入

ソフト面の対策

  • 敷地内・周辺を走る車両の速度/通行制限
  • 工場稼働と周辺建設工事の工程調整
  • 周辺工事における低振動の施工方法を採用

ハード面の対策のうち、地盤改良や基礎躯体の剛性強化、防振浮床の導入については、建屋竣工後の対応は困難です。また、工場竣工後に対応可能な対策であっても、工場の稼働を停止する必要があったり、対策費用が高額になる場合もあります。ソフト面の対策は選択肢が少なく、工場運営に影響を及ぼす可能性もあります。

したがって、持続的な工場運営のためには、工場建屋の設計段階で、環境振動の影響を考慮することが重要となります。

環境振動の評価方法

環境振動の検討の流れを以下に示します。

環境振動の検討フロー

STEP① 計測データの分析

  • 振動計測を行い、任意の観測点の加速度波形を取得する
  • 計測データを分析し、代表的な振動波形を選択する

STEP② 振動源の加振力評価

  • 地盤の特性と観測記録から逆解析により振動源の加振力を算出する
  • 加振力が算定できれば、敷地周辺の任意の点での振動評価が可能となる

STEP③ 建物の振動予測

  • 地盤-基礎-建物の3次元FEMモデルを用いて振動解析により建物の応答を求める
  • 環境振動が建物に与える影響を評価する

STEP④ 建物の代表階の床振動予測

  • 建物の振動解析結果を用いて、3次元FEMによる詳細な床モデルの振動解析により床応答を求める

STEP⑤ 機械位置での振動レベルの評価

  • 解析結果で得られた振動レベルが所定の基準に納まっているか確認する

環境振動の検討フロー
環境振動の検討フロー

環境振動の検討フロー

STEP⑥ 減振動対策の効果検討

  • 振動レベルが許容レベルを満たさない場合は、対策案を解析モデルに反映し、再解析・再評価を行う

モデル化手法

対象とする振動源や構造物と周辺地盤などの条件、検討の目的に応じて、適切なモデル化手法を用います。以下にモデル化方法の例を示します。

モデル化方法の例

モデル化方法の例


従来より用いられている経験式による検討手法では、振動源を1点水平/鉛直加振として評価します。しかし、実際の振動源は複雑であり、振動源の体積評価や、地盤との接地面積、加振力の評価等により検討結果に差が生じます。

3次元FEMと3次元薄層要素法のハイブリッド法により、振動源や構造物と周辺地盤を適切に評価することで、精度の良い検討が行えます。また、トレンチや防振壁、地盤改良等をモデルに取り込むことで、防振対策工の効果の検討を行うことも可能です。

環境振動による影響検討の事例

環境振動による影響を検討した事例をご紹介します。

事例① 交通振動による影響検討

鉄道や自動車の走行による周辺地盤や建物の振動を数値解析シミュレーションを用いて予測することで、建物を建設する前に、振動による影響を定量的に評価することができます。地盤の剛性や盛土、切土、バラストなどの形状を適切にモデル化することで、より現実に近い予測を行うことができます。

ここでは、列車が通過する際の周辺地盤への影響を検討した事例をご紹介します。


解析モデル・手法

解析モデルと荷重のイメージを以下に示します。バラストと地盤を3次元(FEM+薄層要素)でモデル化し、列車走行荷重を移動加振で考慮しています。

  • 解析手法 :3次元モデル(FEM+薄層要素)による加振解析
  • 加振源  :移動加振(列車走行荷重)
列車走行による周辺地盤への影響検討(イメージ)

列車走行による周辺地盤への影響検討(イメージ)


解析結果

列車走行時の周辺地盤(地表面)の加速度分布を以下に示します。

鉛直加速度

鉛直加速度

水平加速度

水平加速度


列車走行による周辺地盤(地表面)の加速度分布(左:鉛直方向/右:水平方向)


事例② 機械振動による影響検討

工場内で稼働する機械振動に対して、振動特性に応じた基礎や地盤との共振リスク、基礎上の基準値の確認、振動低減効果を検証した事例です。

機械振動による共振リスクの検討(イメージ)

機械振動による共振リスクの検討(イメージ)


工場建屋の解析モデル(イメージ)

工場建屋の解析モデル(イメージ)


解析結果(イメージ)

解析結果(イメージ)


地盤改良による振動低減効果を検証した結果を以下に示します。地盤改良により基礎マット表面の加速度レベルが低減していることが分かります。

地盤改良による効果検証(イメージ)

地盤改良による効果検証(イメージ)


事例③ 建築物の振動に関する居住性能評価

近年の建物に対する要求性能の高まりから、建築物の振動に関する居住性能評価指針(日本建築学会)などがまとめられています。指針では、歩行などの内部振動源や、風や交通振動などの外部振動源が引き起こす建物の揺れの程度を建物の建設前に評価することが求められています。

以下は、振動源からの波の伝搬を解析的に検証し、建物や杭への影響を把握、建築物の振動に関する居住性能評価指針(日本建築学会)との比較検討を行った事例です。

建築物の振動に関する居住性能評価(イメージ)

建築物の振動に関する居住性能評価(イメージ)


事例④ 鋼矢板による防振対策の効果検証

工場周辺に鋼矢板を打ち込むことで、建屋に伝わる環境振動を軽減することができます。以下は、列車振動を対象に、鋼矢板による振動対策工法の効果を解析的に検証した事例です。

解析モデル・手法

  • 解析手法:三次元モデル(FEM+薄層要素)による加振解析
  • 加振源 :列車軌道位置
建築物の振動に関する居住性能評価(イメージ)

解析モデル(イメージ)

解析結果

矢板による防振対策ありと、対策なしの地表面の振動伝播性状の結果を以下に示します。

防振対策あり

防振対策あり

防振対策なし

防振対策なし

地表面の振動伝播性状の比較(左:対策あり/右:対策なし)

加速度レベルの比較を示します。矢板により加速度レベルが低減していることが分かります。

加速度レベルの比較(青:対策なし/赤:対策あり)

加速度レベルの比較(青:対策なし/赤:対策あり)


防振壁や空溝などの振動対策工の効果は、周辺地盤の状況に大きく左右されます。数値解析シミュレーションを用いることで、対策工の効果を定量的に評価することができます。

環境振動の影響評価コンサルティングサービス

構造計画研究所では、これまで培ってきた地盤と構造物の相互作用解析のノウハウを基にした、環境振動の影響評価コンサルティングサービスを提供しています。計測データの取得支援から建屋の振動予測、防振対策案の効果検証まで支援しています。

業務実績

構造計画研究所では、環境振動の再現解析、シミュレーションによる振動予測、防振対策とその効果の推定など、多くの業務実績があります。

工場機械振動

  • 攪拌機械振動による建物内振動影響評価
  • 大型機械基礎振動による周辺地盤振動評価

交通振動

  • 道路トンネル上建物への自動車走行振動の影響検討
  • 高速道路料金所・振動評価及び疲労破壊点検のための解析的検討
  • 道路上段差から発生する自動車走行振動の周辺建物への影響検討
  • 線路上建物への列車振動シミュレーション解析
  • 線路近傍免震建物への列車振動影響予測

防振対策

  • 列車振動の防振対策の対策効果に関する解析的検討
  • 地中防振壁による列車振動対策に関する解析検討
  • 道路交通振動対策検討
  • 振動遮断工の防振効果に関する解析的検討
  • 鋼矢板防振壁による地盤振動遮断メカニズムに関する解析的検討

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